第5回 お知らせするだけでは足りない。キモはコミュニケーションが大事 〜コロナ渦の経験から〜
企業は人 〜人が能力を発揮してこそ企業は成長する〜
2019年の末頃から世界はいわゆるコロナ禍に入りました。
今思い返せば、会社に行ってもいいのか悪いのか、誰もが先が見えない不安を抱えながら、どうやって日常を過ごすか模索していました。
そして2020年4月。初の緊急事態宣言が発令されました。
これは大変でした。仕事も学校も、もちろん飲みに行くなどの外出もみんなが自粛することになりました。飲食店は休業を余儀なくされ、ほとんどの会社も業務を停止せざるを得ない状態でした。
そんな中、注目されたのはテレワーク(リモートワーク)でした。
会社には出勤せず、社員はそれぞれ自宅にパソコンを持ち帰ったり、個人所有のパソコンを使って仕事をします。必要なファイルはクラウドに保存して共有し、zoomなどを駆使してオンラインで打ち合わせをするという方法です。
この方法は社員によって捉え方はさまざまでした。

会社にいるよりも集中できて効率が上がるという人。一日中、誰とも話をしないのは孤独を感じてどうにかなりそうという人。ちょっと聞きたいことがあっても気軽に聞けず効率が下がるという人。空いた時間に洗濯物を取り込むなど、家事もできて便利だという人。家には集中できる環境がないとか家族がいて集中できないという人。いろいろでした。
経営層としては、自宅で本当に仕事をしているのか。社員を信用してはいるものの、要領のいい社員とそうでない社員の間に不公平が生まれるのではないかと不安に感じたものです。
緊急事態宣言が解除されてからは、すぐに出社を基本とした会社、テレワークを続けた会社、週に何日かは出社することを義務付けてテレワークと出社のハイブリッドで続けた会社、さまざまだったと思います。このように多様な働き方は今でも続いていて、これはコロナ禍のもたらした良い一面だとも言えると思います。
他にも学校での生徒一人一台の端末を持たせて学習に活用するGIGAスクール構想の実用前倒しや企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の加速化などもコロナ禍があってこそ進んだものと言えるのではないでしょうか。
このようにコロナ禍が思いがけず社会のデジタル化に寄与したことは間違いないと思っています。
しかし、逆にここで大きく失ったものがあると感じています。それが上手に「コミュニケーションをとること」ではないかと強く思うのです。
コロナ禍に大学に入り、同期であるにもかかわらず入学してから卒業まで会うことすらなかったとか、小学校でも友達のマスクをとった顔を知らないとか、幼稚園の先生に抱きしめられたことがなかったとか、そんな話を聞くようになりました。
大切な時期に適切なスキンシップや人との触れ合いができない期間があったことは大きな痛手だったのではないかと思います。
会社の中でも同じようなことが言えると思います。
ファイルの共有、オンライン会議など業務のデジタル化は表情を見ながら会話をするという機会を大きく減少させました。
会話をしなくても業務は進む、という錯覚をもたらしている気さえします。
それが心地いい人もいるかもしれませんが、会社全体として圧倒的に業務効率は下がっていると感じざるを得ません。
このように「会話の減少」=「コミュニケーション不足」は不幸の始まりだということは前段で書いた通りです。
この件は後ほどもう少し深掘りしていきたいと思います。
